この場所で、「日本国憲法」草案が生まれた!!

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この場所で、「日本国憲法」草案が生まれた!!
きょう「青山墓地」に電動アシスト自転車で行く途中、この前を通った。港区白金三光坂を登り詰めた所にある邸宅だ。「SEIKO」の服部時計店の持ち物だったという。戦後、GHQに接収され、マッカーサーの指示による憲法草案作りが、ここでバタバタと行なわれた。
昨年春、この邸宅の前を初めて通った時から「何なんだろう?」と思って来た。GOOGLE MAPを見ても、ちゃんと書いてない。そのうち小林正樹監督「東京裁判」を見て、仰天した。邸内の実写フィルムが流れたからだ。「三光町の服部邸で憲法草案作りが行なわれた」。あれは、佐藤慶のナレーション。東京はあちこちに「史跡」があるわいと思った。
この邸宅の正門が開いているところは、見たことがない。いまはシンガポールの会社が所有というネット記事も見た。せっかくだから、日本政府が買い取って「記念建築物」として保存してもいいだろう。僕は憲法改正論者だ。因縁のある建物くらい、昔のままで保存したい(笑)。象徴天皇制として統治機構を延命させる代わりに、外国向けに「戦力放棄」をうたったGHQの姑息な手法。20世紀はやはりアメリカの世紀だったと思うしかない。
PS:三光町には鈴木貫太郎(終戦時の首相)がらみの「史跡」があるが、どこだか分からない。貫太郎は反乱軍の襲撃に備えて、官邸から私邸へと逃亡し、さらに三光町の「小田村邸」にまで逃げた。彼はここで8月15日の朝を迎えた。先日から探しているが、どの場所か分からない。たぶん、いまでも「小田村さん」が住んでるんではないかと思う。図書館で「住居地図」にあたってみたい。

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